けれども
いまごろちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだろう
それらの人のどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材というものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさえひとにとゞまらぬ
(中略)
おまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまえをもう見ない
なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
それに腰かけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
(中略)
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもうようになるとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮らしたり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
もしも楽器がなかったなら
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ
宮沢賢治『春と修羅』第二集 「三八四 告別」より
一部抜粋